【Travel&Photos】南九州春うらら(5)知覧・指宿編
ずっと行きたかった、というか
行かないといけない気がしていた知覧へ。
知覧は、太平洋戦争末期、もっとも
沖縄に近いという理由で、陸軍の
特攻隊の基地がおかれた場所。
特攻隊は多くの方がご存知のはずだが、
要は爆弾を積んで敵艦に体当たりする
戦術ですな。
おいらたちが、知らなきゃいけないのは、
出撃命令がでたら生きては帰れない
ということが、事前に分かっている中で、
それと向き合っていた、同年齢くらいの
人たちがいたということだ。
(ここから飛び立った最も若いパイロットは
なんと17歳ということだ。)
その人たちが残した手紙や遺品が
数多く展示されている。
行って、黙して、胸に刻むべし。
その隣に、若い特攻隊員を見守った
富谷食堂のトメさんらが中心に建立された
特攻観音のお堂があります。
桜が、本当に、きれいで。
※「俺は、きみのためにこそ死ににいく」
という映画が近々公開されますね。
それから、知覧のもうひとつの目玉
武家屋敷でございます。
こちらは、江戸時代に戻りましす。
戦国時代あちこちに城を築いていた大名は
徳川幕府の「一国一城令」で本拠地
以外の城の破却をしなければならなかった。
といって、ここは薩摩島津家であり、
戦国の雰囲気が生々しい時代であります。
いざというときに、守れないのも避けたい。
だから、城ではなくこうした武家屋敷群を
城の変わりに交通の要衝に配したということ
らしい。
同じようなことを、確か米沢上杉家や、
秋田の佐竹家も考えてた気がする。
幕府に逆らっちゃいけないし、とはいえ、
いつ戦争ふっかけられるかわからんし。
外様というのは苦労しますな。
現存する武家屋敷は、だいたい個人所有で
見物用の屋敷の隣では、車が出入りしていた。
本当は知覧のもうひとつの目的である
「隠れ念仏」の洞窟を見たかったのだが、
断念。また今度である。
というわけで、午後3時くらいに知覧をたって、
指宿まで戻りました。
指宿では、「砂むし温泉」やってみました。
足の裏が火傷しそうだった・・・。
というわけで、明日は最終日。開聞岳と鹿児島市内でさ。