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2007年05月28日

【think】めちゃくちゃやのう

こたろさんがいいことを書いているので、触発されてみる。

政治的無関心なおいらが考える民主主義を保つ方法。

政治的無関心になってはいけない。
とはいえ、価値観が多様化した今、マニュフェスト読んだって、
さっぱり違いが分かるものでもない。

ゆえに、「何もかわらない」というあきらめもあれば、
「どれも同じだからいいじゃん」というあきらめまで、
何通りかの理由をもって、政治的無関心が形成されている。

だが、イデオロギー対立が激しい時代ならいざしらず、
価値観がそう大してぶれない時代に(だからこそ)
一番危険なのが今、いい思いをしている連中の規律が
緩むことである。

よく考えりゃ、庶民の暮らしは不平不満だらけである。
団塊世代が大量退職するのなら、通勤電車の混雑は
なくなるはず。なのに、なくならない。

株式配当課税は廃止されちまう。

ふるさと納税なんていう選挙対策がまかり通る。

予断だが、ふるさと納税は、理念には共感しないでもないけど、
教育は親の責務だから、親が支払済みなので、今さらコストを払う
必要をおいらは感じない。

いつになるかは別として、おいらが子育てをするとき、
そのとき住んでいる自治体から教育サービスを受けるのだから。
そのサービスに100%金を突っ込みたい。

そうやって、日本人は次世代を育ててきたんだろう。
で、運良く大成したら、寄付という報奨金が帰ってくる。

それに、同じ街に住んでいて、ふるさと納税している人と、
100%都会で納税しているおいらが同じサービスっておかしいじゃん。

もっというと、ふるさと納税なんて、長い目で見たら、よけいに田舎を
細らせるよ。だって、都市部の子供のほうが増えていくのだから、
田舎をふるさとなんて言う人がどんどん減れば、制度として意味ないじゃん。
この点からも、一時しのぎだ。

そうじゃなくて、頭しぼって考えなきゃいけないのは、
例えば、大量に出てくるリタイア層に住民になってもらうか、とかだと。

国のグランドデザインで言えば、自治体の財政規模の見直しだよ。

っていうか、こんな問題がおきるのは、選挙制度が小選挙区制だからだ。
さっさと比例代表にしてしまって、地元と国家公務員を切り離さないと。

それとセットで、道州制だ。

・・・


おっとっと、言いたいことはやまほどあるが。
そう、政治的無関心だから、投票に行かないのではなく、
政治的無関心だから、常に与党にプレッシャーを与える存在となる。

繰り返すけど、目も周りには不満だらけでしょ。

おいらもう満足で満ち足りてる、というのでなければ、
投票に行って、与党を勝たせない、という行動を取るのがよい。
それも、少数政党ではなく、2番手。

まじで日本に確固とした二大政党制を築かないといけない。
自民党でも、民主党でもいいけど、政治的無関心ならば、
二大政党制を育てる、という観点で投票してみたらどうだろう。

2007年05月27日

【F&D】黒豚しゃぶしゃぶはだし汁が一番

総武線のカナリアイエローからネーミングされた
カナリア会ですが、土曜日はうぐいす色の都営新宿線沿い
おいらの大好きなくろ黒亭にて。

ここだよ

・・・

前も触れた気がするが、東京駅で友人としゃぶしゃぶを
食べていたところ、「お前のしゃぶしゃぶの概念を覆してやる」
といわれて、覆されたお店。(影響されやすいな。)

最近は増えているかもしれないが、鹿児島産黒豚を
だし汁でいただくことができるお店だ。

ポン酢やゴマダレとは違い、あっさりしているのであるが、
豚肉本来の持つうまみとうまくマッチングしている。

今まで何回か先輩やら友人やらご案内したが、
皆様ご満悦のお店であります。

あとお勧めは、鹿児島産芋焼酎を牛乳で割って飲む
飲み方。くせの強い芋焼酎と牛乳の風味がマッチして、
いい感じで飲める。

ぜひ一度はご賞味いただきたい味だ。

2007年05月22日

【ing】誰だって小我を大義で飾るんだ(多分)

いや、去年から大河ドラマは結構シリアスですな。
由布姫さん、いいですな。諏訪湖の氷のような。
心中が複雑な役柄をよくこなしています。

さて、久しぶりですが、

今日も勘助の相手は兵力分散 してしまいました。

勝つには、常に相手より多数で(優位に)戦うのが
常道であります。それを整えるのが軍略であります。

ポイントは、長窪城に集中していた軍団を、
敵に分けさせるということと、長窪城に内応者を作る
ことでしたが、普通はうまく いかんよなぁ。

きっと、勘助は相手方の人間関係を綿密に調べた上で、
建前または大義(例えば武田憎し、妥当するぞ。)
というのと、本音または小義(大井えばるな。)
というのを見極めて、口説いていったのだろう。

むろん、柏木、芦田の所領安堵も加えて。

期待したいのは、ドロドロした人間ドラマもいいけど、
どうやって内応者を生み出していったかのプロセスだ。

よく、「いまや時代はうちにある」「いまや正義はうちにある」
といった口説き方が多いと思うが、それだけじゃないよなぁ。

そういうのって、裏切りを正当化するための理由を相手に
与えるものであってさ。本当は、もっと小我から生じた欲求で
内応しちゃうんだと思うから。

例えば、今後の村上調略あたりの真田、勘助の動きで、
鉄の村上軍団が崩壊していくあたりの描写に期待したい。

まあ、そりゃ、笛の音が違うことを聞き分けられる
三条夫人の心の機微も描いていいのだけど。

2007年05月04日

【Travel&Photos】南九州春うらら(6)開聞・鹿児島編

[開聞岳]

最終日、指宿を出てさらに枕崎方面へ。
開聞岳を見るために、バスにて。

知覧を立った特攻機は開聞岳を見て、
さらに南洋へと向かったのです。

たぶん、高度は違うけど、この角度かな。

薩摩半島南部は、結構交通が不便かも。
鹿児島からの枕崎線も、本数が多いのは
山川駅まで。

その先、開聞、枕崎方面は非常に少ない。
JRよりも、むしろバスがよい。

[開聞駅から枕崎方面]

というのは、開聞へ着いたはいいのだが、
そこから指宿に戻るバスがないのが問題。

仕方なく、ぶらぶらとしていたら、
予期していない出会いが。

なんと薩摩一宮がこんな近くに。

[枚聞神社]

開聞の駅から歩いて10分くらいのところです。
ありがたし。ありがたし。
(※調査不足なのだが。)

一宮の話は何度もしていますが、
かつて都道府県が”国”と呼ばれていたころ、
全国の国それぞれでもっとも格式の高い
神社を定めたことがった。それが一宮。

上総一ノ宮なんて駅もありますが。

まったく頭になかったので、日ごろの
行いがいいとしか思えない、思わないことに
しました。

それから、鹿児島市内に向かいます。

鹿児島市内、めっちゃ発展してます。
さすが、官軍。

こんなローカルでバスに、トラムに
ICカードが常備されているなんて!

まずは西郷どん。

[西郷隆盛像 in 鹿児島]

そこからてくてく歩いて、城山へ向かう。

途中に、島津家の本拠地。鶴丸城。
城の規模や構えは大したことないけど、
それは国が富み、兵が強大な証拠。

甲斐の武田家の躑躅崎館もそうでしたね。

[鶴丸城跡]

それから、薩摩義士碑。

昔、江戸時代、木曽川の氾濫を防ぐために、
堤防工事に取り組んでいただいた。
岐阜生まれとして、ありがたし。ありがたし。

[薩摩義士碑]

で、急な坂道をあがって、城山山中へ。

[城山から桜島を望む]

それから、西郷隆盛の最期の地など見て、
鹿児島中央駅に戻り、そこから鹿児島空港へ。

う~む、萩(2001年)、会津(2002年)に続き、
念願の鹿児島へも行けた。幕末の中心地。

あとは高知ですな。

心残りは高千穂峰の天の逆鉾を見てないこと。
屋久島へ上陸していないこと。

今後の課題ですな。

というわけで、南九州。
4月始めはうららかで、美しき桃源郷でした。

2007年05月03日

【Travel&Photos】南九州春うらら(5)知覧・指宿編

[知覧にて]

熊本を朝6時に出発して、一路指宿を
目指します。

九州新幹線、初めて乗りました。
おいらの周りでも、不要論は多いですが、
でも結構気に入ったぞ。

室内ウッディでおしゃれだし。

さて、

ずっと行きたかった、というか
行かないといけない気がしていた知覧へ。

知覧は、太平洋戦争末期、もっとも
沖縄に近いという理由で、陸軍の
特攻隊の基地がおかれた場所。

特攻隊は多くの方がご存知のはずだが、
要は爆弾を積んで敵艦に体当たりする
戦術ですな。

おいらたちが、知らなきゃいけないのは、
出撃命令がでたら生きては帰れない
ということが、事前に分かっている中で、
それと向き合っていた、同年齢くらいの
人たちがいたということだ。

(ここから飛び立った最も若いパイロットは
なんと17歳ということだ。)

その人たちが残した手紙や遺品が
数多く展示されている。

行って、黙して、胸に刻むべし。

その隣に、若い特攻隊員を見守った
富谷食堂のトメさんらが中心に建立された
特攻観音のお堂があります。

桜が、本当に、きれいで。

※「俺は、きみのためにこそ死ににいく」
という映画が近々公開されますね。

それから、知覧のもうひとつの目玉
武家屋敷でございます。

こちらは、江戸時代に戻りましす。

戦国時代あちこちに城を築いていた大名は
徳川幕府の「一国一城令」で本拠地
以外の城の破却をしなければならなかった。

といって、ここは薩摩島津家であり、
戦国の雰囲気が生々しい時代であります。

いざというときに、守れないのも避けたい。

だから、城ではなくこうした武家屋敷群を
城の変わりに交通の要衝に配したということ
らしい。

同じようなことを、確か米沢上杉家や、
秋田の佐竹家も考えてた気がする。

幕府に逆らっちゃいけないし、とはいえ、
いつ戦争ふっかけられるかわからんし。
外様というのは苦労しますな。

現存する武家屋敷は、だいたい個人所有で
見物用の屋敷の隣では、車が出入りしていた。

[武家屋敷の庭園]

[路地]

本当は知覧のもうひとつの目的である
「隠れ念仏」の洞窟を見たかったのだが、
断念。また今度である。

というわけで、午後3時くらいに知覧をたって、
指宿まで戻りました。

指宿では、「砂むし温泉」やってみました。
足の裏が火傷しそうだった・・・。

というわけで、明日は最終日。開聞岳と鹿児島市内でさ。

【Travel&Photos】南九州春うらら(4)阿蘇・熊本編

[熊本城]

明くる朝、別府を朝出る九州横断特急に乗り、
一路阿蘇山を目指します。

九州の路線って何気に観光客にやさしく
できている気がする。

さて、

阿蘇駅に到着すると、そこから
バスが山頂付近まで出ております。

バスに揺られてだいたい40分くらいで、
阿蘇山西駅に到着。

ここから、ロープウェイを乗り継ぎ、
やってまいりました。噴火口です。

硫黄臭がぷんぷん漂っております。

[阿蘇山火口]

実は山頂付近、ぐるっと遊歩道が整備
されております。

「こんな金かけて、噴火したらなくなるやん」

などと思ってはいけません。

[阿蘇山頂の遊歩道]

なぜならば、絶景が広がっているからです。

さすがに、世界最大級のカルデラを誇る
だけあって、写真に納まりきりません。

[阿蘇山頂の風景1]

[阿蘇山頂の風景2]

ってな感じで1時間くらぶらぶらしていたら、
なんと有毒ガス警報発生・・・。

ガスの濃度が濃くなったらしく、
火口付近のエリアへの立ち入りが禁止に
なったのでありました。

なんという幸運!
摩周湖でもそうだったけど、ありがたし。

阿蘇山から阿蘇駅に戻ってきましたが、
微妙に電車がなく・・・。

熊本まで高速バスに乗って移動。

何気に九州は都市間交通がちゃんとしているな。

さて、熊本城にやってきた。
鉄筋コンクリートの復元なので、
多少がっかりではある。

もともとの熊本城は、明治までちゃんと
残っていた。江戸末期から明治にかけて、
撮影されたと思われる写真が大量に残っている。

しかし、かの西南戦争で明治政府に反乱を
起こした薩軍の猛攻を受けて、ほとんど炎上。

今となっては歴史的建造物として
惜しい思いがするけど、当時は城も現役だった。

で、唯一残っている歴史的建造物が宇土櫓。

[熊本城宇土櫓]

姫路城とか松本城に行けばわかるけど、
昔の城の内部は、何といいますか、
階段が急で。滑り落ちそうで怖いですな。

※内部取りましたが、暗くてやはりぶれた。
一脚ないし三脚の購入が望まれる。

最後は、熊本ラーメンと焼酎で腹を満たし、
最近有名になった「いきなりだんご」を
食べて、お休みになりました。

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