【むむ】気づいたら、説教たれていた
昨晩、久しぶりの後輩と飲んだ。
彼もまた今年結婚したそうで、友の幸せを祝福できることに、
95%の喜びと5%の感慨を感じている。
さて、実は自分もなのだが、3,4年目ともなると
いささか自分の将来を不安視、というか、
じっとしてられない、というか、
人生のことを考えるゆとりが生まれるのか、
まあ、悶々とする時期である。
でもって、いつもながら、うさんくさい説教をたれてたわけで。
Q.ふたさん、今のこの道が正しいのか、知りたい。
A.『大前提として、何もうらんではいけない。何も期待してはいけない。
大いなる意思、神仏、あるいは自分自身の潜在意識は、あなたを追い込まない。
それらは、あなたを成長させるために、気づかせるために、存在する。
今ここで与えられている、あるいは与えられないということは、これ即ち、
あなたに何かを気がつかせるため。そして彼らは忍耐強く、決して見捨てない。』
っていうけどよぉー。ほんまに、つらいときはつらいよなぁ。
つらいときは気づくも何も、逃げたい一心だわさ。人間な。
そんときゃ、逃げるべ。逃げて逃げて地の果てまで。
でも、逃げる責任をおうわさ。つまり、ちゃんと後で教訓を学び取れば、
世の中の人に嫌われても、彼らは嫌わないんちゃうかな?
Q.ふたさん、将来、おいらはどうしたらいいんでしょうか?
A.『死の瞬間を思い描く。ってことを薦める人がいて、これはおいらの教訓。
1.臨終の瞬間を思い描く。
あなたはいつ、どこで、だれに見守られて、息を引き取るか。
2.葬式の瞬間を思い描く。
あなたはどんな葬式をしてもらって、どんな人に出席してもらいたいか。
3.墓碑銘を思い描く。
あなたのお墓にはどんな銘を刻んでほしいか。』
っていうか、これが3D(3death)ちゅうフレームワークや。
おいらは残念ながら、墓碑銘しか決まっとらん。
だいたい、死んだこともないのに、死に際なんざわからんわさ。
まあ、これを考えながら、生きていくっつーのがいいんちゃうかな。
今は仮起き。将来も仮置き。たぶん、仮置きのまま終わるのが、
3Dフレームワークや。
話は飛ぶが、updateという概念はstandard一色のこの世界に
一石を投じる概念や。完成ってのは、責任者が完成ですと
宣言するから完成するのであって、あんたが決めたら3Dは、
完成もするし、一時保存もするし、仮置きにもなる。
この食器も一応形にはなっとるが、誰かがこの企画で
完成ってことにしたら、完成であって、これから着色
したり、欠けさせたり、割れたりして転生していく。
ものの本質はおそらく、完成することはないということや。
だとすりゃ、フレームワークなんてもんも、結局完成は
しとらん。誰かがちゃーんと毎日更新してかんとな。
ってなわけで、日々3Dを考えていくことにこそ、本質がある。
Q.ふたさん、将来を描いても、現在へつなげるにはすごく遠いんですけど。
A.『将来からブレークダウンしてマイルストーンは置かないといけない。
でも、毎日のマイルストーンは書けないから、
マイルストーンとは別に、制御装置(行動原理)も必要。』
ここはまだおいらもなやんどってな。
こういう墓碑銘を刻まれたいってのはあるんやが、
そうなるための方向が今一ぼやけとるんや。
また次の機会に、このへんのこと、考えような。
コメント
うーん、人のふり見て、我がふり直せ...(笑)
「説教」とは難しいものですな
投稿者: さすらいのラオウ | 2005年10月11日 15:00
説教はたぶん、自分に向けられたものです。
そうそう、アンチトロツキー活動を始めました。
また相談に乗ってください。
投稿者: ふた | 2005年10月11日 22:10